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お祝いの樽酒

・ お祝いの樽酒

 プロ野球も大詰めです。
 福岡の野球ファンにはソフトバンク・ホークスの活躍に一喜一憂する毎日が続きます。もともと福岡にはライオンズがあって、大阪球団のホークスとはライバル関係でしたので、いまだにライオンズのファンだとおっしゃる方も少なからずおられますが、私としては若鷹軍団の奮起に期待したいところです。気合い入れてがんばれよ!!!

 さて、野球が日本にもたらされたのは、明治11年(1871年)だとされております。
 東京の開成学校(現在の東京大学)の生徒が米国人教師と一緒にプレーしたことが日本の野球の始まりになるそうです。ちなみにベースボールを「野球」と翻訳したのは正岡子規です。今でも使われている三振や死球などの用語も彼が考案しました。

 今年こそ優勝を福岡にと意気盛んな福岡のファンですが、優勝のセレモニーに欠かせないのは、酒樽を威勢良く叩き開けるあの行事ですね。
 結婚式や祝賀会などお祝いの席には欠かせないイベントですが、さて何と呼ばれているでしょう。

 「鏡割り」「鏡開き」・・・正式には「鏡抜き」と呼ばれます。
鏡と言う言葉は、姿を映す鏡の他に、鏡の形のように丸くて平たいものを指すときにも使います。鏡餅や酒樽のふたなど、まさにまん丸ですよね。
 「割り」でも「開き」でもいいのですけど、お祝いの席には縁起を担ぐことから、「割る」という言葉はあまり良くないとされ、「鏡開き」はお正月の鏡餅を切って食べる行事と混同されやすいことから、という理由で、酒樽を開けるときは「鏡抜き」と言って区別するようになりました。

富嶽三十六景 尾州不二見原

 お酒の運搬、貯蔵に樽が使われ始めたのは、安土桃山時代のことです。桶(おけ)をヒントに発明されました。それまでは焼き物の大きな甕(かめ)が使われて、運搬自体もあまり大量にはできませんでしたが、樽が作られ、利用されるようになると俄然、輸送も活発になります。
 関西から江戸へ、お酒だけを輸送する船も出てきました。酒樽を積んでいることから「樽廻船(たるかいせん)」と呼ばれたものです。
もともと関西からの物資は「菱垣廻船(ひがきかいせん)」と呼ばれる船で運ばれておりましたが、あまりに江戸での酒の消費量が増えたため、酒樽だけを輸送する船が独立してしまったのです。ちなみに菱垣廻船は、積み荷が落ちないように菱形に組んだ柵で船べりを囲っていたことから付いた名前です。

 鏡抜きの酒樽の周りにはワラで編んだカバーが着せられていますね。これを菰(こも)といいます。菰を着た酒樽は、そのまま菰樽(こもだる)と呼ばれます。美しい文字が描かれ、蔵元のデザインセンスも楽しめますよね。
 一般に鏡抜きに使う菰樽は4斗(1升ビン40本分)のサイズです。
 それより小さなサイズの樽は菰冠(こもかん)と呼ばれ、もっぱら装飾用に使われます。

 さて福岡市にはホークスのほか、サッカーJ2のアビスパ、女子サッカーのアンクラス、バスケットのライジングなど、プロスポーツチームもたくさんあります。
 今年こそ、一つでもいいから優勝の菰樽を抜いて欲しいものですね。

 (平成22年9月)

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